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鬼退治なんてできない-3- [マラソン]

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ノープランとは言わないが、今回、綿密な計画は捨てた。

「キロ6分で行けるところまで。できたら歩かずに行こう」

これが、ひざを痛め、うまく練習ができず、鬼ヶ島に必要以上に恐れおののいた僕の雑駁な考え。

そう考え走り始めたつもりだったが、快調なオーバーペースがそれを阻んだ。

キロ6分をはるかに上回るペースで突き進む。といってもキロ5分40秒ぐらいだが。

左ひざもドーパミンだがエンドルフィンが出ているか知らないが、何とか踏ん張っているようだ。

ただ心のどこかでは「まずいぞ、マズいぞ、こんなペースじゃ」と思っていた。20kを越えると例の急勾配が立ちはだかるためだ。

20k通過地点でのタイムは1時間53分ちょい。もう疲れ始めていた。

そして、その急勾配にたどり着く。

確かに坂らしい坂だ、しかも長い。

いつまでも続くように感じる山道の坂を僕は見上げずうつむき加減で黙々と走っていった。見上げた瞬間、歩いてしまいそうな気がしたからだ。

やがてトンネルが見えてきた。

ここが頂上らしい。

頂上に到達したんだ、あたりまえだ、今度は下り坂が続く。

上り坂のロスを埋めるべく一気に駆け下りた。

今思うと、ここがターニングポイントだった。やはりこの鬼が島本島がこのレースの関が原、天王山、ゲティスバーグだった。

思い知らされた、思い知らされたよ。

下り坂は想像していた以上に脚の筋力と体力を奪うということを。

この下り坂が終わるとしばらく平地が続いたが、全くキロ5分台で走れなくなっていた。

なんだかものすごく苦しくて苦しくてたまらなかった。

なにが苦しいんだか分からない、心肺なのか、脚なのか、メンタルなのか。

歩きたかった。

まだ、25kを過ぎたくらいだというのに。

ものすごく苦しみながらも、地元の方々の応援で何とかモチベーションを保ち続けていた。

だが、そのモチベーションも終焉を迎えた。

もう一度鬼が島に総攻撃をしかけなくてはならないからだ。また、あの急な坂を上り、そして下らなくてはならない。

正直体制を整えて戦う力は残されていなかった。

2度目の急な上り坂でついに歩いてしまった。

いや、走るのも歩くのも同じくらいのスピードだった。進むだけで精一杯。

歩きはこの世の天国だった。「マラソンなんて全部歩きでいいのに」とさえ思える。

この辺りから、同じような状況のランナーがちらほら見受けられた。みんな苦しいんだな、頑張っているんだな。

2度目の下り坂でさらに残り少ないHPをガリガリと削られた。

息も絶え絶えで下りきったところで、さらに追い討ちをかけるように冷たい強風が吹き始めてきた。全てを阻まれているような感覚だ。

もうMPもHPもアイテムも何も残っていなかった。

モンスターに出会ったって選ぶコマンドは「にげる」のみだ。

もうにげた、ヘロヘロにドロドロに逃げた。

こんな苦しい現実から逃げたくて、同時にハンガーノックだったかも知れないが、しばらくは意識朦朧気味で目をつぶって走っていた。

いつの間にか40kを過ぎていた。

沿道で応援している人から「あと2キロだよ、頑張れ!」と声をかけてもらう。

なんてことない応援だ、何てことないハズの言葉だ。だけど目頭が熱かった。

応援の力をラストスパートに充てた。

死に物狂いで走った。

前方を見ると両手にランニングシューズ持って走っているランナーがいた。マメかなにかだろうか。なんとも言えない連帯感があった。

会場が見えた、あと400メートルだ。


目をつぶり、力の全てを振り絞った…





4時間22分と数秒でゴール。

終わった、ああ、終わった。

アクアラインマラソンの時には無い、強い感激がここにはあった。




余韻に浸りながら、帰り、佐野はラーメンが有名なことに気づいた。

こんな寒い日は温かい佐野ラーメンでも食べて有終の美を飾るとするか。




20分後、COCO'Sでハンバーグを頬張っている僕がいた。
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